夜明け〜時間の中で〜

自陣陸奥守吉行さん考察用。考察用なので全編ネタバレ(完バレ)&萌え要素皆無注意
土佐弁勉強継続中
本編に出てこない裏設定は無効派
タイトルは「維新の嵐」EDテーマ曲より

2015年05月

とりあえず、6-1抜けられるまでぽつぽつ記録上げていくことにしました。

今回は行き止まりマスにそれて強制帰還。
手入れに時間がかかるので、本日の戦闘はこれ一戦で終了となりました。

150530-teire
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そろそろ6-1突破してみるかと、いつもより強引に進んでみました。
結果。

刀剣乱舞-6面重傷者多発の惨事

5マス進んだところでこの状態に陥り、仕方なく撤退。
しかも手入れが2時間越えとかだったので、本日の戦闘これにて終了。
うん、行かなきゃよかったね。(ちなみに全員の刀装全剥げ)

検非違使のせいで経験値の多いボスマス踏めず、結果レベル上げが全くはかどらないんですが、さてどうしたらいいのやら。
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本当のところ、むっちゃんは龍馬さんのことをどう思っているのか。
これに関しては今のところ、統一見解は出されていないようです。

ある人は、龍馬さんはむっちゃんにとってかけがえのない、唯一無二の主だと言い。
ある人は、むっちゃんは本人の意志とは関係なく、世人が望むように心身とも龍馬ナイズされただけだと言い。
またある人は、むっちゃんは実は龍馬さんのことなど何とも思ってない、と言い。———

議論百出の中、では自陣のむっちゃんはどうなのか。龍馬さんのことをどう思っているのか。
台詞からその心情を推測してみました。

1. 龍馬さんに直接言及しているもの/刀剣男士「陸奥守吉行」として発言しているもの

わしは陸奥守吉行じゃ。そうそう、坂本龍馬の佩刀として知られちゅうね。土佐じゃー名刀として評判やったがやけど、龍馬の時代じゃ、もう刀は時代遅れじゃった。けんど、それが世界というもんぜよ
龍馬さんコピーでない「坂本家の守り刀・陸奥守吉行」の自我から発していて、なおかつ龍馬さんについて語っている唯一のせりふ。
対面している相手(審神者=プレイヤー)が、坂本龍馬の名を当然知っていることを前提として語られる「坂本龍馬の佩刀として知られちゅうね」からは、自分の元主・龍馬さんが誰もが知る維新の英雄であること、そして自分がその英雄に佩かれていたことへの誇らしさが伺えます。

2. 龍馬さんに間接的に言及しているもの/刀剣男士「陸奥守吉行」として発言しているもの

・龍馬さんが新撰組に狙われていたところから

新撰組の刀とは喧嘩になりそうぜよ。あいつら、時代の流れについていけんかったけのう
新撰組から命を狙われてはいましたが、龍馬さん自身は新撰組に対して特に思うところはなかったようです。
なのに「新撰組の刀とは喧嘩になりそう」と言っているということは、これはむっちゃん自身の思いから出た言葉だと見てほぼ間違いないでしょう。
陽気で優しい気性のむっちゃんに似合わず、忌々しいものを吐き捨てるように言われたこのせりふからは、時代が変わるのをよしとせず龍馬さんを惨殺した者達への、むっちゃんの押し隠した怒りが伺えます。

3. 龍馬さんの代弁とも取れるもの

ここから先のせりふは、むっちゃん自身の意志で言ったのか、それともむっちゃんの中に染み込んだ「龍馬さん」が言ったのか判別不明なものです。

・龍馬さんの「世界に出たい」という夢から

わしは陸奥守吉行じゃ。せっかくこがなところに来たがやき、世界を掴むぜよ! 

・龍馬さんが「銃の前には刀なんて役にたたない」と言ったフィクションから

時代は拳銃ぜよ。やっとうなんて、時代遅れじゃ

わしにゃあ、この銃があったら十分じゃがの?

銃は剣より強し、じゃ

・龍馬さんが北辰一刀流免許皆伝だったところから

(大和守安定の北辰一刀流の構えを見て)むっ? その構えは……?

・大政奉還で無血革命を成し遂げるなど、龍馬さんが戦いを好まず、和平・話し合いを持ってよしとしたところから

戦なあ……必要なら、仕方ないがのう

さて、どうかのう? 心中を察したいがやったら言葉を交わしたほうがええと思うけんど

戦で褒められても、微妙じゃな……

・龍馬さんが気に入った服をボロボロになるまで着ていたことから

えっへへへ、もともとボロ衣装やき、大差ないぜよ

・龍馬さんが新しもの好きだったところから

どうじゃ、わしの斬新な作品は!

新しい装備はわくわくするのう!

大砲とか、装備出来んかのう?

・龍馬さんの本家が商家だったところから

商談なら、わしに任せちょけ

・龍馬さんが海援隊の長だったところから

わしが長か!? おんしゃあ、わかっちょるのう!

・龍馬さんが暗殺者たちに踏み込まれる直前に発した言葉から

ほたえなや

・龍馬さんが大勢の刺客に取り囲まれ暗殺されたことから

囲まれたら終わりじゃ。気をつけい!

・龍馬さんが龍馬が新時代を見ずして夭折したことから

なんやあ……わしはここで終わりか……新しい時代、見たかったのう……

・むっちゃんの豪快かつ剛直な性格→龍馬さんが豪放磊落な性格で強い信念を持っていたところから

・むっちゃんの話し言葉は龍馬さんと同じ土佐弁

・むっちゃんの着物の着方は龍馬さんと同じ(いつも着物の前を開け広げて胸を晒していた)

・むっちゃんの髪型は龍馬さんと同じ総髪(月代を作らず、髪全部を後ろに束ねてしばり、そのままにしている)

・むっちゃんの髪は龍馬さんと同じ天然パーマっぽい

・右手をふところに入れたむっちゃんの通常立ち絵は、龍馬さんの一番有名な写真と同じポーズ

・内番の時むっちゃんが籠いっぱいに抱えている芋は、龍馬さんの好きな食べ物とも言われている薩摩芋

……
3.のせりふだけ見ていると、むっちゃんはただの龍馬さんのコピー、モノマネをしているだけに見えなくもありません。
しかしながら、龍馬さんを、そして龍馬さんの佩刀であった自分を誇らしく思う気持ち。あるいは龍馬さんを殺した「変化を拒む者たち」への怒りは、単なるコピーや、他者から「坂本龍馬っぽくあること」を強要されてのものからは出てこないんじゃないでしょうか。

つまり、だから、むっちゃんは。
少なくとも自陣の本丸にいるむっちゃんは、龍馬さんが大好きで大好きで、今も当時と少しも変わらぬ気持ちのまま彼を慕い続けているのだろうと思います———彼を殺した者たちに、今なお消えない怒りを煮え滾らせるほどに。

そして。
自分の思いは語らず、代わりにその姿を、しぐさを、性格を元主そっくりに写し、本丸でくつろいでいる時も、戦場の只中でも——敵の刃に斃れ事切れるその瞬間までも「元主だったらこう言うだろうこと」を口にするのは、そうすることで自分の中に”龍馬さん”を降ろし、自身は彼の物言わぬ”佩刀”となって、共にこの時代を生き、実際の龍馬さんが見ること叶わなかった新たな時代を二人で見ていくためなのかも知れません。


むっちゃんは今、龍馬さんとともに生きているのでしょう。


———台詞はすべて『刀剣乱舞-ONLINE-』より引用
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むっちゃんは立ち絵イラストで銃と刀の両方を持っていますが、ではそれをどう使い分けているのかについて、台詞から考察してみました。


まずは和泉守兼定さんとの新規手合せ台詞。

和泉守兼定「うん……? 予想以上に綺麗な剣筋……?」
むっちゃん「銃を使えん状況やったら、普通に剣術使うに決まっちゅうやんか」
———刀剣乱舞-ONLINE-『手合せ』より引用
これを見ると、和泉守さんは「オレもお前も邪道剣法」と言えるほどにはむっちゃんの戦い方を知っている(恐らくはむっちゃんと同じ隊で一度〜数度出陣し、その戦いっぷりを見たことがある)はずなのに、むっちゃんの剣技を見て「予想以上に綺麗な剣筋」と驚いていることから、

和泉守さんはむっちゃんが戦闘中(手合せではなく実戦)に刀を使ったのを見たことがない

≒むっちゃんは普段の戦闘時は刀でなく、銃を使っている

らしいことが分かりました。


では通常戦闘以外の場合、例えば一騎打ちの時はどうでしょうか。台詞では

さあ、早うち勝負じゃ!
———刀剣乱舞-ONLINE-『一騎打ち』より引用
と言っていますが、この「はやうち」とは銃を使っての「早撃ち」なのか、それとも刀での「早打ち」なのか、そのどちらを指しているのでしょうか。
これはかなり判断に迷うところですが、真剣必殺での

ええい、わしに抜かせたな!
———刀剣乱舞-ONLINE-『真剣必殺』より引用
という台詞から、

むっちゃんは真剣必殺を出す時、「自分に刀を使わせること」そのものを憤りながら刀を抜いている

≒実戦でのむっちゃんは絶体絶命の状態に追い込まれない限り刀を使わない、あるいは使おうとしない

≒一騎打ちも確かに追い込まれた状態ではあるけれど、むっちゃんの余裕ある口調からして、少なくとも真剣必殺の時のような絶体絶命状態には陥っていない

≒一騎打ちでの「早うち」とは、銃を使っての「早撃ち」のこと

と結論づけました。


となると、クリティカルヒットを出した時の

勝てばええんじゃ、勝てばなあ!
———刀剣乱舞-ONLINE-『会心の一撃』より引用
も、むっちゃんが実は非常に好戦的だから出た台詞というよりも、

「手段が銃であれ刀であれ、勝つことが出来ればそれでいい」

というニュアンスを含んだものなんじゃないかと推測出来ます。
ただ、こういうニュアンスの台詞は相手もしくは自分への言い訳という側面も持つものなので、「時代は拳銃ぜよ」と言ってはいても、やはり銃を使うことに対する若干の後ろめたさというか、割り切れない気持ちがあるのかもしれません。
その割り切れなさ———寂しさは、自己紹介時の

土佐じゃー名刀として評判やったがやけど、龍馬の時代じゃ、もう刀は時代遅れじゃった。けんど、それが世界というもんぜよ」
———刀剣乱舞-ONLINE-『刀帳』より引用
にもイントネーションとして表されています。すなわち、「土佐じゃー名刀として評判やったがやけど」は普通に、「龍馬の時代じゃ、もう刀は時代遅れじゃった」は寂しそうに、「けんど、それが世界というもんぜよ」はその寂しさを吹っ切るようにことさら明るくしゃべることで。


ではなぜ戦闘中は銃ばかりを使おうとするのか。
これについては、龍馬さんは銃で寺田屋の難を避け、刀である自分を使おうとした近江屋では命を落としたから、としか……。


むっちゃんと銃と刀については別角度からの推測も立ててみたんですが、それはまた別記事にて。
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「土佐の名刀」でも書いたけど、むっちゃんの衣装及び容姿に龍馬さん要素は多分、ほとんどない(眼の色と髪のはね具合は要検証)。
龍馬さんへの思いを直接的に表した台詞もない。

にも関わらず、その言動や立ち居振る舞い、更には食べ物の好みまでもがまさに龍馬さんそのもの。この辺がほんとに興味深い。

台詞を見てみると、彼自身の自我から発したと思えるものが非常に少なく(自己紹介時の台詞くらい?)、「龍馬さんだったらこう言うだろう台詞」がそのほとんどを占めているのが目を引く。
自分を飾っている暇などないはずの刀剣破壊時の台詞までもがそうだから、ただの龍馬さん成りきりとは言い難いものがあると思う。

「彼」は一体、何者なんだろう? 非常に興味をそそられる。
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五振りの初期刀について、ちょっと考えてみた。

主に特別愛されていたむっちゃんに対するのは、主に特別愛されたい加州さん。
真作の誇りに胸を張る蜂須賀さんに対するのは、写しの誇りを胸に秘めた山姥切国広さん。

では歌仙さんは誰と対になってるのだろう。
雅な文系ながら物騒な謂れを持つ歌仙さんに対して、豪放な体育会系ながら人を斬ったことのないむっちゃんとか?
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実は五振りの初期刀たちはそれぞれ歴史改変に関わっていたことがあって、改変された歴史がえらいことになってしまったのを目の当たりにしてしまったゆえに、改変しようとしている過去の自分及び自分の仲間たちを止めるために初期刀として来た、ていう解釈も面白いかも。
だからこそ、彼ら五振りだけは何があろうとも改変側に寝返らない……とか。

その記憶をまるっと持っててもいいし、改変しようとしたこと自体は忘れてしまったけど、その結果えらいことになったことだけはぼんやり覚えてて、「改変ダメ!」となってるのも面白い。
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